ノンアルビューティフルワールド

断酒をして依存から立ち直りビューティフルライフを目指すブログ

ダメな母親とダメな娘

今週のお題「母の日」

 

以前にもブログで書いたのですが、私の家は母子家庭で母が2度目に再婚をするまでは

祖母と母と私の3人暮らしでした。

私の実家は祖母も母も大酒飲みで、のちに私も大酒飲みになりました。

休日は朝からお酒を飲む家で、女3人暮らしなのにお酒まみれの家でした。

 

私は母が大好きでした。

昭和50年代、

私がまだ幼い頃は、母子家庭で育つ子供は周囲に1人もおらず、母子家庭で子育てする母はとても大変そうでした。

両親が揃った一般の家庭と同じように何不自由なく生きられるように、昼も夜も働きながら私のことを育ててくれました。

 

私の住んでいる街には給食が無く、幼稚園から高校までずっとお弁当を持って行かなかければなりませんでした。

私を育てるのに一生懸命働いて、いつも見た目の綺麗な美味しいお弁当を必ず毎日作ってくれていました。

他の専業主婦の母を持つ家のどのお弁当よりも綺麗で豪華で美味しいお弁当が自慢でした。

スナックを経営していたので、親が水商売をしているといじめられないように気を遣って子育てをしてくれました。

私は母子家庭だから、スナックで母が働いているから、といじめられたことは1度もありませんでした。

イジメどころのない性格でもありましたが(笑)

 

私はずっと母が一生懸命に私を育ててくれたのだと、母にとても感謝して大人になりました。

 

私は30歳近くに結婚して今に至ります。

結婚して母と祖母以外の人との暮らしは、私の常識とはズレている事ばかりでした。

母が私に教えてくれていたことは、表面的なことばかりだったことに気付きました。

どんなことがあっても料理を作る、お弁当を毎日欠かさず綺麗に作る。

特にこの2つは私の中で守らなければならないルールでした。

夫と喧嘩をしてもこの2つは必ず守っていました。でも夫は喧嘩して怒っている時に食べてくれません。それでまたさらに腹が立ちました。

喧嘩が起こっても問題解決なしで、料理を作れば許される。

これは母が祖母にしてきたことだったのでしょうね。

私は結婚してから夫に指摘されて何年もかかって気付かされました。

それ以外に母から学んだことは、お酒の注ぎ方と飲んでいる時のふるまい方。

お酒にまつわるマナーと、人の顔色を伺うことくらいでしょうか。

あ、それとどんなに2日酔いでも絶対に仕事に行くこと。仕事場で2日酔いだからと言って仕事がおろそかになることだけは絶対にない様に。と。

 

だけどそれ以外のことは教わっていないので、靴の紐を結んでもいつも縦結びになってしまうし、洗濯物も畳み方が適当なので綺麗に収納ができないし、アイロンのかけ方もわからない。天気によって靴を変えたり、傘を持って行ったり、そんなことさえもわかりませんでした。

お酒を飲むときは、料理を並べたり食器を出したり片付けたりするので

お酒にまつわること、食べること飲むことに関することはわかりますが

それ以外のことは何をどうするのか全く知りませんでした。

母が働いていていつも大変だから、迷惑がかからないように甘えることができなかったし、思ったことも言えませんでした。

それが大人になってからも続き、夫との結婚生活も、上手に自分の意見を言えなかったり、夫からの指摘を素直に受け入れることができず、返事をしなかったり無視をするのが当たり前で、以前よりは改善されましたが今も治すことができていません。

 

母は祖母から注意されると不満を顔に出していましたが、返事をせずに無視をしていたように思います。

祖母も同じようにできていないのに母に注意とするので「自分もできていないくせに」と嫌味を言って、意見を交わしたり、話し合ったりすることをせずに生きていました。

私も同じように育ったのだと思います。

幼い頃、二日酔いの母に話しかけるとうんざりした顔をされたり、返事をしてもらえないのが寂しくて、母に話しかけるタイミングを見ていました。

でも母のことが「なんて人だ!」と思ったことはありません。

母は一生懸命働いて疲れているんだから私が気を付けないと。そう思っていました。

子供って、どんなことがあってもお母さんのことが好きなんですよね。

 

私は母のように「疲れていたら返事をしなくても良い」

そんな風に母と同じように結婚生活をして来ました。

夫からすると返事をしない、無視をする。これだけはとても許せない様でした。

そして夫から「お前の母親はお前のことなんて何も考えずに子育てしてたんだな」そう言われました。母は仕事だからと言い訳をして私に何もしてくれていないと。

 

母は仕事命の人で、仕事が優先の人でした。

私が怪我をしても高熱があっても、食事の支度とお金を置いて仕事に行きました。

祖母も一緒に暮らしていましたが、祖母も仕事命の人。同じように仕事に行きました。

私は病気でも一人ぼっちで病院に行って、一人でご飯を食べていました。

だから学校を休んで家にいるのは、たとえテレビが見放題でも寂しくて嫌でした。

母の優先順位は仕事、仕事の内容に左右されて自宅でお酒を飲みます。

仕事で疲れているので、私の学校の話を聞いたり私のことを気にかけることはありませんでした。

 

結婚して夫に母のことをずっと言われてきましたが、気付くことができませんでした。

お酒をやめてようやく気付きました。

私は母から愛情をもらったのだろうか?と。

可愛がってもらったし、どこかに連れて行ってくれたり、美味しいご飯を食べたけど

母は私に何もしてくれていなかったんだな。と。

母が仕事で疲れてお酒を飲んでいた時に、もっと子供に何かしてあげられたのではないかとか、私のそばにもっといてくれたら良かったんじゃないかとか。。。

 

私も愛犬に同じことをしてしまっていました。

私は子供を産まなくて良かったんだと思います。

神様はきちんと見ていたんだと思います。私には子育てできないと。

もし子供を産んでいたら、自分のことを優先させる母親になり、寂しい思いをさせてしまったと思います。

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今日の母の日。

母の日にはいつもビールをプレゼントしています。

物欲が無いので、それが一番嬉しいそうです。

 

それでも私は母のことが嫌いになれず、顔色を伺ってしまうことがあります。

それでも気にかかるし、どこかで嫌いだけど好き。

母と話をすると、どこか悲しい気持ちになります。

 

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